タイのマッチョボーイは香港で凧をあげるか?
こちらははと(@810ibara)さん主催の「ぽっぽアドベント2025」の記事です。
12月14日担当安琦です。申し込んでから昨年と同じ日にちを選んでいたことがわかりました。昨年に続いて、ぽっぽアドベントに参加させていただきます。3年連続、すっかり自分自身を振り返る行事のひとつになっている。はとさん、お誘いありがとうございました。
今回のテーマは「ゆきてかえりし物語」、人の旅の話を聞くのは大好きです。昨日はふじおさん。全く興味のなかったものへ興味のきっかけを作ってくれるすごい熱量の記事でした。
さて、今年。振り返ると「ゆきてかえりし」旅をたくさんしました。新しい場所に行って新しい経験をしたし、久しぶりに家族でゆっくり旅行をしたし、家出vol.2(家出については去年のぽっぽアドベントで語ってます。)も敢行しました。
旅のハイライトは?と言われたら、
①香港の九龍城砦公園でフォロイーさんと凧あげをした
トワイライトウォリアーズに落ちて、20年ぶりの香港、二度目の家出。日本から凧を持ち込んで、初対面の人含む4人で香港の街中で待ち合わせをし、映画の中みたいに凧あげをした。龍捲風が近くにおらず、風が吹かなかったため、あんまり凧は上がらなかったのが残念だったけど、やりたいって言ったわたしに全員即答で「やろう」が返ってきたの笑える。のちにフォロイーさんが全く別のジャンルでペーパーにしてくれた↓

②夏の旅行は突然のタイ。
バンコクの廟にいたおじさんによると、バンコクの中国人街も九龍城砦同様潮州人が多く流れた場所らしい。九龍城砦に似た作りの道幅1メートルくらいの狭い道、電線がすぐ手が届きそうなところに垂れ下がる道に迷い込み、向かってくるバイクとすれ違い、気づいたら目の前に理髪店(トワイライトウォリアーズでは城砦の理髪店が舞台のひとつ)が現れた。フィクションと現実がリンクした不思議な瞬間だった。それだけでなく、旅と旅がリンクする、頭の中に別々の知識としてあった歴史がつながった瞬間でもあって、鳥肌が立った。過去、故郷を出て遠くに移り住んだ人たちが作った「故郷に似た場所」が、時間をかけて少しずつその場所のエッセンスを取り入れつつ変わっていく様子もまた興味深い。


↑補正で明るくなってるけど、すごく暗かった道と理髪店↑
③おまけはタイの筋肉屋台。はらぺこで見えた店に入ったら、マッチョ店員が上半身裸で美しい筋肉を見せながら唐辛子を摺るサービスがデフォルトの食堂だった。美しい筋肉で丁寧に潰された唐辛子が大量に乗った料理が出てくる。裏から入ったので気づかなかったんだ、この看板に!

2年前に突然開いたバスケへの扉も全開、たくさん試合を見ました。本もここ数年の中では一番読んだ。宇宙に行ったり、過去に飛んだり、新宿の片隅で肩を丸めたりして、何年ぶりかで漢字しかない本も数冊読みました。
…っていう旅の話だけして終わってもよかったんですが、ここでは終わりませんごめんね。
去年も書いたけど、こうやって体や心が自由に旅ができるというのは子が私の手を離れつつあるからでもある。ワンオペで泣き、給料のほとんどすべてを保育園に払ってまで仕事を続けていた時期も、学校からの電話に戦々恐々としていた時期も過去のもの。月日は経ち、勝手に育った子らは今のところそれぞれ近くの水場で遊んでいる感じだが、そのうち大海に漕ぎ出す準備をしているのがよくわかる。頼もしいことである。
となると次に襲ってくるのは4,50代なら誰でも考えてしまう介護問題です。親たちと離れて暮らした年月のほうがもう長く、年に一、二度顔を合わせるくらいの生活を続けてきて、「とにかくお互い元気でいましょう」が合言葉。幸い、二人とも認知症の症状は見られず、父母の二人暮らしはうまく行っていた。今年の初めに父の具合が少し悪くなったとき、わたしが考えていたのは「これから別の試合が始まるぜ」だった。介護に本気で力入れる日のために最初からフルスロットルでいかず体力温存しとこう。片道5時間の実家にまめに帰ることになったら何より心配なのは私の体力。とりあえず今年は年に二度の帰省かなとチケットも予約済みだった。だがそれを待たずに、あっけなく父が亡くなった。
実にあっけなかったが、やはり人を送ったあとしまつはなかなかたいへんである。父が亡くなり、わたしは母と二人(ときどき弟あり)で半月あまりを過ごすことになった。よく考えてみたら、ここ十数年は自分の子を連れての帰省だったので、わたしが子の立場になる側の親子関係「だけ」に向き合うこともまたずいぶんと久しぶりのことであった。そうして、神経が昂ってほとんど眠らない母に付き合いながら日々を過ごし、わたしはあることに気が付いた。
え? あんたのその記憶はどこから?
人の記憶は総じて奇妙なものである。何を忘れて何を忘れないか、どう覚えているのか、は人によって違うし、物事の観点やとらえかたが違うから、「見たもの、感じたこと」も違ってくるのは当然だ。同じ経験をしていても各々の頭に残るのは全く別のこと。年を取れば忘れっぽくなるし、私自身も近頃はなんでも忘れてしまって子にも呆れられている身である。ただし、そこには前提として、「わたしたちは同じことを経験した」という共通事項があり、そのできごとの大枠みたいなものは各々の頭にしっかり刻まれている。
だが、母の記憶は「わたしたちがしているはずの同じ経験」つまりその外側の大枠みたいなものからしてちょっとずれていた。わたしたち親子にとってはごく当たり前である(とわたしが思っている)事実や経験のズレ。わずかかもしれないが、まるでわたしたちが似て非なる別の世界にそれぞれいたような、並行世界で生きていたお互いと入れ替わったような感じである。母の頭の中で再構築されて語られる「古い出来事」はわたしにとっては新たな、そして彼女にとってはずっとそうであった記憶だ。
待て、それ知らないぞ?
それを何度か繰り返した。共有できない記憶というのはやっぱりどこか少し寂しいものだ。そうして、自分に問いかけないではいられなかった。わたしの記憶はこれからどんな旅をたどっていくのだろう?
現実の旅が終われば、その経験は各々の頭の中で記憶として歩き始める。「ゆきてかえりし」のあとに始まる「ゆきてかえらぬ/かえれぬ」物語。一方通行で後戻り不可。どんな旅路になるかは想像ができない。母と二週間過ごし、わたしはその「ゆきてかえらぬ」物語に初めてぞわっとした不安みたいなものを感じた。年を重ねたとき、わたしの頭に残っているのはどんな記憶だろう? 自分の中にはどんな「正史」が出来上がるのか、と。
アンソニー・ドーアの「メモリーウォール」という大好きな短編があるが、その話の中では認知症と診断された老人たちが自分の記憶を特殊な方法で抽出し小さなカートリッジに刻み込んで記憶そのものを維持しようとする。やがて認知症の進んだ彼らはカートリッジの中の見たい記憶だけを繰り返し繰り返しすりきれるまで再生するようになる。彼らが生きるのは現実でも過去の記憶の中でもなく、その四角いカートリッジの「合成された過去」のなかである――。
この短編に登場するメモリカートリッジに類するものは現代では写真や動画かもしれない。だが、それはたんなる記録でしかなく、そのとき感じたことについては、わたしたちは自分の記憶に頼るしかない。しかし結局その記憶すら信頼のおけぬ曖昧なものなのだ。記録媒体によって新たに作られる記憶だってあるだろう。母は長い時間をかけて彼女が主人公の彼女だけの物語を作り上げている。そんな当たり前のことを眼前に突き付けられ、わたしはショックを受け、じゃあどうするかって? どうもできない。
残念ながらどうもできない。これもまたゆきてかえれぬ旅の壮大さを示すもの、旅の醍醐味かもしれないと思う以外に道はなさそうだ。印刷技術のないころの英雄譚が人々に語り継がれ、「旅」を続けるうちにその形を少しずつ変えていったみたいに、旅人が雨でびしょぬれになり、激しい風にさらされ、ときに灼熱の太陽に当たってその容姿を変えるように、わたしたちの記憶もまた道の途中で少しずつその色を形を温度を変えていったとしてもいたしかたないことなのだろう。ある記憶は道の途中で倒れ動かなくなり、ある記憶は風に飛ばされて塵になる。あるものは傷つけられ、あるものはひと休みすることを決意し、あるものは別の経験と手をつなぎ、ありもしない新たな物語を紡ぎ出すかもしれない。「タイのマッチョボーイが香港で凧揚げしていた」なんて突拍子もない記憶を自分が作り出さないと誰が言いきれる?いずれにせよ、今を生きるわたしたちには未来に生まれるかもしれない捻じ曲げられた経験=主人公わたしの作りだすかもしれない「新たな」記憶、に対して何か手立てを講じることはできない。
できること?あるとすれば、それを逆手に取って、そのネタを思う存分提供することくらいか。
たくさんの「ゆきてかえりし」を積み重ねてゆこう。すぐに忘れちゃうものも、たまにきっと一生心に残るなって思うような「ゆきてかえりし」もあるだろう。それは別に遠くへ旅するってことだけではなく、誰かと交わした何気ない会話かもしれないし、読んだ本の中の一節かもしれない。だけどそれだって本当に心に残り続けるかどうかは誰にもわからない。ちょっと寂しいような気もするが、旅というものはハプニングがつきもので、どこで何が起こるかわからないものだというのは旅が好きなわたしたちが一番よく知っている。思いもよらないトラブル、思いもよらない出会い。そうして我らは笑いながら言う。そういうハプニング含めてそれが旅じゃん!と。
結局考えても何の結論も出なかった。「ゆきてかえりし」を繰り返し、そして「ゆきてかえらぬ」一年を送った今年のわたしの話はこれでおしまいです。
明日はほのか@🎤!🍽️。さんです。どんな旅が飛び出すか、今から楽しみです。
ほ
家出をしました
こちらははと(@810ibara)さん主催の「ぽっぽアドベント2024」の記事です。
12月14日担当安琦です。昨年に続いて、ぽっぽアドベントに参加させていただきます。実は2年連続参加は初めてです。参加を決めてからほかの参加者の皆さんの顔触れの豪華さにビビりました。昨日はかかり真魚さん。ドストエフスキー!読書会!行ってみたい!でも敷居が高いと枠を作っちゃう世界の素敵なお話です。
さて、今回のテーマは「枠を壊せ!」
かっこいいテーマだ。去年よりさらにパワフルに、今年は「壊し」に行っちゃうんだね――そして考えました。わたしにとっての枠とは何か。わたしはそれを壊せたか。考えるまでもありませんでした。わたしの周りは「日々のルーティン」という厚い枠に囲まれていました。「日常を回す」という役割を持ってしまってから長い時間をかけて築きあげられてきた枠と言うより壁!簡単に壊せるものではない。回さなければならない日常は、家における家事労働と育児の負担9割、非常勤だが1日8時間週5.5日の労働――こう聞けば日々のルーティンはすでに出来上がっていることが想像できるでしょう。日々は過ぎ、子は成長し、おむつ替えやら寝かしつけやらは不要になったが、だからといって面倒ごとがすべて消滅ってわけでもない。今年のハイライトは子①が年1回の恒例である骨折を隠して部活して学校で問題になったことと、子供は2人のはずなのに学校とか塾の面談が5週間で7回あったこと。ぼんやりとしてお弁当を作っていて、DKがちっちゃかわいいJK弁当を食べ、JKが友達と2人でDK弁当を片付ける事故も起こった。慌ただしく過ぎる中での仕事家事お子様関係をなんとか円滑に回す日々……まあ我が家のような家は少なくもないだろうと思う。そして、最近のわたしには「日々のルーティンを滞りなく遂行するためのルーティン」という新たな枠が必要である。その理由はほかでもない、体の「なんとなく不調」が日常になってしまったから。中年、徹夜できなくなった程度では全く済まない。寝ないとだめだけど眠りは浅い、めまいはしょっちゅう、二日酔いの朝みたいな体のだるさと重さ。この「なんとなく不調」を抱える日々はどこか平均台をそろそろと歩くが如き不安定さがある。そして、その平均台の上、ちょっと着地を間違えたり、調子に乗って高くジャンプしたりしようとすると、己の力不足を嘲笑うかのように床に落下してしたたかに体を打ち付けることになる。本格的体調不良が襲ってくるのだ。年取って体力なくなるのは当然、だが、その当たり前と折り合いをつけていくのってそう簡単なことではない。できることとできないことをひとつづつ試して知ってゆき、やりたいこととできることの間に妥協点を探る作業が続く。そして、この「なんとなく不調」を「起き上がれない不調」にしないための努力が必要だってことを思い知らされる。わたしには日常のルーティンを滞りなく遂行するための(倒れないための)ルーティンが必要になった。失敗と経験を重ね、いくつかのルーティン(6時間睡眠死守、休日のうち一日は家で一週間分の弁当と食事の下準備と翌週の仕事準備を終えておく、とにかく筋肉!絶対運動!など)を作ることにより、低め安定をなんとか維持する日々。
さてそんなルーティンでがちがちに固められているわたしが今年の春、そのルーティンの枠を大きく飛び越えてみようと思った。壊せないので飛び越える。飛び越えて何をしたかって?
家出です。
実は子供が生まれてから、泊まりがけで一人で家を開けたのは実家に不幸があったときだけである。ほぼワンオペ育児(実家は全く頼れない)で、泊りがけで一人で出かけようという経済的余裕も時間的余裕も心理的余裕もなかった。窮屈な日々から逃げたいときはたまに一日ふらっと家を空ける。まあこれで満足するか、みたいな日々をかれこれ17年送ってきた。
そんなわたしが家出を決めたきっかけは今年2月、受験生の子②を見ながらふと気がついたからだ――こいつはもうすぐ義務教育を終える、つまり我が家、子育てのセカンドステップくらいまでを完了するのでは?セカンドステップって簡単に言ったが、結構すごいことだ。赤子二人を抱えて今振り返ると全く記憶のない数年+永遠に終わらないかと思った夜泣きやらイヤイヤやら、それが終わると毎日のようにかかってきた学校からの電話に胃を痛くし、その後は思春期の心理戦。義務教育という社会的枠組みに今までなにかを感じたことはなかったが、改めて認識すると、その枠から抜け出そうとしている子のこと、彼らの生に力を貸した自分のことを思った。そしてこのちょっとした区切りに、なにかを形にしたくなった。そこで、早速家族に宣言した。「子②の中学卒業を待って、母、数日家を空けます。一人の時間を過ごしたい」と。
一瞬渋られた。が、それが「ごはんどうするの?」でなかった(「楽しいことはみんなでやろうぜ、母!」)あたりは評価したい。そして短い説得ののち、子は合意した。「確かに母は家出してもいいと思う。俺の子育てが世間一般より大変だったのは理解できる」子①の言葉である。いや、まだ終わったわけではないけどな。
最初は一人旅のつもりだったが、家出がうれしくて人に話したら、毎回フットワーク軽すぎるフォロイーさんがじゃあ一緒に旅行しようよと言ってくれた。
ここで家出の色合いが変わった。フォロイーさんとお泊り、というのは、TLに流れてくる「自分には遠いなと眺めているだけのなんだかとにかく楽しそうなこと」のひとつであり、旅先でどなたかにお会いしたりするのとはまたちがった趣がある。なにより一緒に過ごす時間が長いしね。あれよあれよという間に「家族から離れ」「フォロイーさんと泊まりがけでお出かけ」というまさかの「やってみたいけど無理じゃない?となんとなく思ってた二大欲求」が突然実現されることになる。静かな興奮にわたしの胸は震えた。家族以外の誰かと旅行する、という感覚をすっかり忘れていたので、計画段階からそれはそれは新鮮だった。チャットしながらホテルを決め、フライトを決め、お互いそれぞれチケットと部屋を取り、何をして過ごすか考える。食べたいものや行きたいお店をピックアップしてゆく過程からもう楽しくてしょうがない。
そして3月某日、わたしは普段のルーティンの枠をぴょーんと飛び越え、飛行機に乗った。わーい。
行先は沖縄。去年突然わたしを新世界に連れて行った映画「スラムダンク」の主人公宮城リョータの生まれた土地である(突然この映画に落ちた経緯は去年のぽっぽアドベントに)。続いている熱のまま、映画の舞台と思われる場所を巡り、せっかくだから沖縄アリーナにBリーグも見に行こうということになった。意図したわけではなかったが、ちょうどその週にホームゲームが開催されていたのは、今振り返ればものすごい偶然だったのだが、その時は知る由もない。

↑これはやりたかった…。
端から見れば、奇妙な二人組の旅に違いない。フォロイーさんとは年もだいぶ離れているので、お二人のご関係は? と聞かれた。職場の同僚?え?違うの?なに?と尋ねられ、ただの友だちです、と答えた。しかしただの友だちでも、見ている妄想の世界が同じ友だちだ。話したいことが止まらないどころか、二人で見る世界はより広く深くそして思わぬ色をまとう。溢れ出た思いを受け止めてくれる人がいる。同じものを見ても、そこで語るものは一人で(あるいは妄想を共有せぬ人と)見るのとは全く違う胸の高まりと充足感があった。同じ趣味を持つ、妄想を共有できるオタクと旅するってこんな感じなのか。なに、世の中のみんな、すっごい楽しいことしてるんじゃん?
そうして、二日目の夜、その熱い興奮と大きな妄想を抱えたまま、沖縄アリーナに向かった。わたしは運動が嫌いな中年で、スポーツ観戦など長らく世界の裏側にあるくらい遠いものだった。映画スラムダンクを見てからやっとバスケのルールを理解し、生のバスケが見たいという意志を持ってBリーグ観戦をしたのは去年というバスケ素人だ。フォロイーさんに誘っていただいて見た河村選手のプレーに雷に打たれたような感動を覚えたが、やっぱりまだバスケにも、Bリーグにも、選手にも疎かった。せっかくだからアリーナで試合見とこうかって思ったきっかけだって「宮城リョータはバスケ留学の後帰国して、Bリーグの選手になるね。それも絶対沖縄のチームだね」という妄想からである。しかし……結果、妄想から新たな扉が開いた。
Bリーグの試合を去年見た青学の体育館イメージで想像していたわたしにとって、沖縄アリーナは衝撃の連続だった。まず大きさからして全然ちがう。そして「きみたち、アリーナに来たんだったら、いっぱい楽しんでいきなよ~」っていうしかけがたくさんあった。まず正面に琉球ゴールデンキングス(沖アリはキングスのホームアリーナである)のグッズショップがある。無駄に商品が多くて、選手の顔も名前も知らぬ素人だが、めちゃくちゃ楽しく見学した。アリーナも広くて新しくてきれいで、もうそれだけで気分が上がる。アリーナのコートの床面には大きなヤシの木が描かれていて、それが南国情緒をそそるし(この位置からのディープスリーがココナツスリーと言われて有名なこともその時は知らなかった)、中央ビジョンに流れる選手紹介もすっごいかっこいいので、選手知らないけどキングスのファンになれる。

試合が始まってみれば、応援がめちゃくちゃ独特。指笛がそこらで鳴ってるし、オフェンスの沖縄民謡っぽい三線の音に体が揺れる。ミリしらでも十分ハッピー、ビール飲みつついろいろ楽しめるエンタメ空間。もちろん妄想も忘れないので、頭も体も忙しい。現実と妄想が重なり合って怒涛の勢いで私たちを包み込む。なーんにも知らない二人が試合が終わるころには「沖縄最高、アリーナ最高、Bリーグ大好き、キングスファン秒読み、てかもうファンになった。今すぐもう一回試合見たい」と興奮した。試合の翌日には街にあふれるキングスの広告を写真に撮り、キングスの選手の名前が何人か言えるまでに知識を深めていたし、頭の別のところでは妄想が渦を巻く。

↑空港で見つけた広告
寝る間も惜しんで酒を飲み、しゃべり倒し、新しい刺激で頭と腹をいっぱいに膨らませ、3泊の旅はあっという間に終わった。家族にもほとんど連絡せず、わたしは「枠の外」にいた。思った以上に自由で心の軽くなる旅だった。自分以外の年少の誰かの行動や安全に(求められていないと言われたところで)気を配ることから解放されるということは思いのほか体を軽くするのだと知った。そして妄想が開けた新たな扉の新鮮さよ!この旅で開けた扉はそのまま今年開けっ放しになり、代々木とか横アリとか有明とかでもバスケやバレーを見るチャンスに恵まれた。
家出、大成功だった!!!
3日の旅を経て、わたしはまたルーティンの枠の中に戻った。世界が変わりましたとか、今までと違った自分がいますみたいなことにはならない、もちろん。それでも振り返って気づかないわけにはいかなかった。わたしは出産してからずっと、枠を飛び越える余裕がないままここまで来た。窮屈な日々だと思っていたが、それでも細々開けては閉め、開けては閉めしていた扉を枠のあちらこちらにいっぱい作っていたのだなと。ぴょーんと飛び越えたって思ってた旅はその延長線上にあったのだった。一緒に行ってくれたフォロイーさん、スラムダンクの世界、バスケ……どれも突然降ってわいたものではない。
たくさんの扉=心の余裕であり、糧となる。それをわたしはもう十分知っている。過去、妊娠した30代のわたしに「とにかく仕事を続けて子育てとは別の世界を常に持ちなさい」と言ってくれた人生の先輩がいた。その時は一極集中がよくないのかなくらいに思ってたけど、今は彼女の言いたいことがわかる。日々を過ごす場所とは別にどこかに通じる扉をたくさん持つことはおだやかに心の余裕を持って生活を送るうえでとても大きな意味を持つと思うのだ。たくさんの好きやら、推しやら、時間を忘れて楽しめるもの――それらは、ちょっとつらかったり苦しかったりする自分を救うものものになる。そしてそんな扉は多ければ多いほどいい。環境や自分の置かれた状況やらで何かひとつが楽しめなくなっても、別の扉を開ければ心を温めることができるから。そうしてその好きがまた新しい好きを連れて来るかもしれない。
ここまで読んで「数日まとめて家を空けたのがそれほど(「枠を壊す」のテーマになるほど)重大なことなのか」と首を傾げたみなさんにはそのとおりなんです、と返したい。わたしは過去の社会やら慣習が作り上げた価値観(これこそが枠である)にノーを言わず、壊そうと考えることもせずに過ごしてしまった。いまさらそんな日々を悔いても元には戻せない。作ってしまった枠をばかげたことだと切って捨てることもしないだろう。だから自分の周りにそういう社会通念やなんとなく作られていう価値観の枠みたいなものを作らずに済むならば作らないで、好きなように生きられるならそれが一番だと思う。そうしてその自由を享受してほしい。
でも、もしかして、わたしのように長い時間のうちに勝手に築かれてしまった枠や、あるいはなにかの事情で枠の中にいやおうなく留まっている人がいたとしたら……たまに枠の外に出たり、それが無理でも扉の向こうを眺める時間と心の余裕があるといいなと願ってる。枠の外に出るチャンスは、たとえ今はなくても将来やってくる。その時のために体力温存して好きをいっぱいためておこうよ。
枠の中の空気だって悪いものばかりではない。だけど、枠の外の空気もまたすっごく気持ちいい。そうだよね?
明日の担当はばっこさんです。えっと…告白します。ばっこさんの不汗党の二人、すきです。どんな記事が飛び出すか楽しみにしておきましょう!
年を取って、思わぬ恋に救われる
こちらははと(@810ibara)さん主催の「ぽっぽアドベント2023」の記事です。
12月のお楽しみぽっぽアドベント。今回のテーマは「NEW WORLD」
12月7日担当安琦です。
ぽっぽアドベントには3年ぶりの参加です。NEW WORLD ……参加していない間に、うわさの「ブラザー!」が熱い映画「新世界」(ありがとう。最高だった。俺の孤独に誰も触れるな2023大賞受賞です)を見て、そしてわたしは50代っていう「新しい世界」に足を踏み入れました。50……ここを読む多くの人にとっては未知の遠い世界、あるいはご両親世代かもしれない。楽しいことなさそうな、人生折り返した静かな日々……そう思うでしょうね。私もまあ似たようなことを考えていたが、実際はどうかというと、過去のわたしがぼんやりと想像していたものとは全く違っていた。ライフステージにおける「新しい世界」は若いころに比べれば減ったが、それで穏やかな日々が送れるかと思ったら大間違いだった。世界も自分の生活も思ったようによくはならなかった。考えることは多く、ままならないこともまた多い。
心はずいぶんと自由になったかもしれない。持っているのがつらいものを手放す術を覚えたし、ある種の鈍感さを身に着けて、生きやすくはなった。だがそれだけで穏やかさは手に入らない。ひとことで言っちゃえば、年を取るのは思っていたより難しいなってのが感想だ。いろいろなサービスや商品コンテンツのターゲットからは外れているのを身を以て感じ、アップデートに必死になっていても、思考や理解には追い付いていないものが山のようにある。身に着けた鈍感さは裏を返せば他人を傷つける道具になりうる危険を常に孕み、自分の心をまだ持て余す日々もある。そしてなにより体が言うことを聞かない。目は見えなくなるし、白髪は増えるし、体力はなくなるし、よくわからんがずうっと疲れているって状態だ。健やかでいるために必死にメンテナンスをするがそれでもまだ追い付かず、なんだか気力が湧かない。気力湧かないと、気持ちの落ち込みも激しい。そんなときに限って仕事や子育てでめんどくさい案件が浮上する。(今年は二日連続で子①②が順番に骨折したのがハイライト)気がつけば、わたしは毎日のように「頼む、何も考えたくない、寝かせてくれ」と思っている。
読書量と映画やドラマの視聴量はよく読んだり見ていたりしたころの1/3くらいになった。上映スケジュールが合わない、劇場が遠い、仕事が忙しい……理由を書こうとしたが、実際のところ、そうじゃないかもしれない。ただ単に新しいものを求める欲がなくなってきたのかもしれない。
何かにハマるのは恋に似ている、と3年前のぽっぽアドベントに書いた。
恋がいつやってくるか、わたしたちには予想ができない。ある日、突然、恋に落ちる。みなさんもよくご存じだと思う。甘酸っぱくて、キラキラしてて、ちょっと胸が苦しいあの感じ。何かにハマって、睡眠時間を削って情報を仕入れ、いてもたってもいられず走り出す。楽しい、疲れるけど。そしてその楽しさを知っているわたしたちはやっぱりそのキラキラをいつでも求めているように思う。
だけど、恋ってしたくてできるもんじゃない。
「新しい世界」、求めているけど、開かない。ああ、世界が閉じているな、と感じて、それがひどく寂しくなる。アンテナ張ってるつもりなのに、引っかからないんだよと口に出してみる。そのうちもしかしてアンテナは立ってないかもしれないという不安が顔を出す。このまま気持ちが枯れちゃいそう。でも「新しいことを求めています」と言ってみたところで、自分がこれまで生きてきた中での趣味趣向というのはだいたい決まっていて、ここでわざわざ時間を使って、自分が「これまでの経験から考えて自分に刺さるとは思えない」ものを体験しにいくか、というと、それについてはだれしも腰が重くなるのではないだろうか。忙しいとか、時間がないとか、とにかく言い訳は山のように転がっているわけで。結果、やはり世界は閉じている。
幸い、誰かが経験したことをシェアしてくれるTLは私をいろいろなところに連れて行ってくれる。誰かが読んだよさそうな本をメモし、誰かが行った素敵な場所をブックマークする。それでもその取捨選択にはやはり「もともと私の趣味趣向に合うかどうか、あるいはこれまでの自分がいいと思えたものに近いかどうか」が関わっている。興味のないことって目の前を流れていくに任せてしまうから。
2022年12月、スラムダンクの映画でみんなが騒いでるなあと思った。だが、これもまた私の前を流れていっただけだった。連載当時の盛り上がりも知っていたが、それも「全然興味ないわごめんね」って感じだったので。12月25日、リビングの机の上にスラムダンク新装版全21巻が置かれていた。「クリスマスプレゼントだ、これを読め、そして俺と一緒に映画を見に行こうぜ」という父から子へのメッセージだったらしい。もちろんわたしは見向きもしなかった。絶対わたしが「好きなやつじゃない」と思ったからだ。そうして子2人が原作を読み終わった1月の午後、父子は揃って「THE FIRST SLAMDUNK」を見に行くことにし、その日家にいた私にも声がかかった。その寒い冬の午後、なぜ出かける選択をしたのか自分でもよくわからない。ふと流れるに任せていたTLの熱気を思い出したからかもしれないし、一応親子イベントやっとくかという義務感だったかもしれない。見に行く30分前に「桜木花道」と「流川楓」以外のメンバーについてネットで情報を仕入れた。「相手校は全員坊主だから、無理して覚えようと思うな放っておけ、あとバスケのルールも知らなくても見られる」個人のかたが書かれた情報だったと記憶しているが、2時間意味わからんは避けられるのだと知ってありがたかった。ゴールに入れると2点入る、遠くから入れると3点入る。それ以外はほとんど知らないままで劇場に向かった。
結果……わたしは見事に恋に落ちました。帰宅直後こうつぶやいている↓
ザ・ファースト・スラムダンク
— 安琦 (@_angieeeee_) 2023年1月29日
ママ友なんですよ、リョータママ。うちが5階でリョータんちが4階。実家から送られてきたじゃがいもとかネギとソーキの出汁を交換したりする仲です。こないだもりょーちゃん、うちにゲームしにきてたんですよ。いい子だよ、すごく。
というわけで30年を経てこれから原作へ pic.twitter.com/L8dBzJ5nB8
洋画や海外ドラマでない世界に?二次元に?マジです。映画館を出て家族に言った一言は「(主人公の)宮城リョータにご飯を腹いっぱい食べさせたい」だった。新しい衝動だった。その晩から睡眠時間を削って原作を読み始めた。家ではリョータの母カオルさんと私がママ友だという妄想を語り続けた。子からはとうとう「母、カオルさんとママ友っていう新ジャンルの夢小説書けるよ」と言われた。ごめん、母、三週間後に本当に書いた。
面白いもので、ひとつの世界の扉が開けば、そこにはまた新しい扉が広がっている。そうして、わたしは次々と扉を開くことに躊躇がない。
①バスケットのルールを知る
②子の部活の試合を見に行ったら①の一部が適用できることを知り、解像度が上がる→部活の試合観戦にまじめに行くようになる
③絶対行かないだろうと思っていたビックサイトのイベントに向かう(人生初)。海沿い並ぶ衝撃と熱気に当てられた
③バスケットボールワールドカップを見る
④生で試合が見たくなり、Bリーグの試合を見に行く→ルールがわかると、前回観戦したときよりずっと楽しい
今年一年のわたしの「新しき世界」は、たった一本のアニメ映画からこんなふうに広がっていった。同居人は「あなたがスポーツ観戦のチケットを自分で取る日が来るとは思わなかった」と驚き、子①はスポーツのトリビアをいっぱい教えてくれる。子②はザファ好きなら呪術廻戦も刺さる!とゼロを見せてくれた。
こういう不思議な世界の広がりかたをする恋もあるんだな、ってなかなか新鮮だった。わたしは自分は何かを極めるタイプではなく、いつも浅瀬で足先を水につけて楽しむほうだと思っているが、まさにそんな感じで新しい世界が広がっていった――という楽しい話がいっぱいでした~で終わりたかったがそうはいかなかった。もう一山あった。
秋のはじめ、なんだかいろんなことが立て続けに起こった。家のことだったり仕事のことだったりいろいろだが、そのうちのひとつは今後誰かが経験するかもしれないのでシェアしておきます。人生で初めて過多月経なるものを経験した。人生の先輩たちが教えてくれた中年の生理って、「なんか、あんまでなくなって不順になってそのうち終わる」だったので、日々の生活を送るのに苦労するくらいの出血をする自分が信じられなかった。ありえない。献血だってお断りされ続けているのに、こんな量の血を流していいわけがない!病院に行ったが、結局原因は不明。珍しいことではないそうです。(楽になるオプションはいくつかあり、そのひとつを試すことになりました。落ち着けば楽になるはず)出血は心をむしばむ。一人で汚れた服やシーツを洗いながら、また思った。穏やかに年は取れないのかよ……無理らしい。
当たり前だが、すごい量の血を排出するので貧血になり、体もつらいので無気力と落ち込みがひどくなった。何もできない……って思った11月、フォロイーさんが誘ってくれたBリーグの試合があった。深く何かを極めないで浅瀬で足元を遊ばせていると、ときたま声をかけて手を引いてくださる方というのがいらっしゃる。今回も自分じゃ満席続きという試合のチケットなんか取れなかったと思う。ありがとうございました。
すごくすごく楽しみだったのに、出かけるのが億劫、という中で、前から5列目というありえないくらいのいい席で見せてもらったのはW杯でも活躍した河村選手とジョシュ・ホーキンソン選手が出ている横浜ビー・コルセアーズとサンロッカーズ渋谷の試合だった。5列目……ブースターでもないのに、5列目……。
わーおもしろいね、すごいね、と見ているには近すぎて迫力がありすぎた。きゃーって見ていることもできなかった。圧倒された。小さい体がびゅん、とコートを駆け抜ける。何が起こったかわからないくらいの速攻、相手を出し抜くフェイント、決まりまくるスリー、スリーを打つと見せかけて絶妙なところに落ちるパス……華麗ってまさにこのことだ。河村選手が出てきただけで明らかに試合の流れが変わり、別のチームみたいになるのが素人にもわかった。人よりずいぶん小さい体で、それを武器にして走れる強さってどのくらいのものだろうと思った。努力と鍛錬、強気と信念。
https://www.instagram.com/kawamurayuki_8/
ちなみにこの距離だったので低いところでボールがやり取りされるプレーは見えません

なぜか見終わったとき、私は感動とかではなく、「負けてられっかよ」って思っていた。自分でもよくわからない急な前向き発言だし、今振り返ってみてもその時の気持ちはうまく言葉に表せない。ついでにその負けてられっかよ、の気持ちのままぽっぽアドベントの参加まで決め、現在ここにいる。年明けから新しい世界の扉を開け続けた結果、見えた景色は過去のわたしからは思いもよらないものだったけれど、その意外な伏兵に(言いかたは大げさかもしれないけれど)救われた瞬間だった。
というわけで、これが今年、私の経験した新しい世界の話でした。何が変わったかといわれれば、何も変わっていない。相変わらずわたしはずーっと疲れているし、ちょっと多忙が続くと倒れちゃうし、物理の子育てに手がかからなくなると、金の算段と心理戦が始まるってことがわかったし、やっぱりときどき気分は落ち込む。簡単に年を取れないのはこれからも同じだろうし、さらなる不調が待ってるんだろうな、みんな更年期怖いぜって言うし。そして、今年突然THE FIRST SLAMDUNK から始まった一連のビックウェーブがいつまで続くかはわからないし、永遠に続かないことも知っている。まあでもそれでもいいじゃん、とわたしは主人公宮城リョータのように「できるだけ平気なふりをし」て、鷹揚に構えることにする。一度好きになったものは私の血肉となり、ずっと体のどこかに残っているし、新しい出会いから何かがつながり、それがふとした瞬間に自分を救うことになるかもしれないので。
新しい世界の扉を開くのは、ある人にとっては強い意志で、ある人にとってはタイミングである。ある場合には重大な決意を必要とし、ある場合には魔が差したくらいの気持ち。チャンスはそこここにあり、それに触れてみるかどうかもまたタイミングなんだろうな、と思う。でももしタイミングが合ったら、軽い気持ちでいろんな扉を開けよう。そこからまた新しい世界がつながるよ。それから健康は大事、めちゃくちゃ大事、なにかあったら病院に行こう。新しい扉を思いっきり開けて楽しむために。
ぽっぽアドベントはここからすべての記事が読めます。主催のはとさんも素敵な方なら、集まる方々も個性的で素敵で、みんなのNEW WORLD 本当に楽しいよ。
きのう12月6日は あとりさんの記事でした。質素?うそ、めっちゃおいしそうじゃん…っていうお弁当の日々。
明日12月8日担当は あそ さんです。ぜひ楽しんでください。